20140117

久々の更新は展示のお知らせです。


「遠くの隣」
2014年2月1日(土) - 28日(金)
※定休日:月・火・水曜日
時間:12:00 - 18:00
場所 : A-things
住所:武蔵野市吉祥寺北町3-5-8 イトーピア吉祥寺マンション1F(マンション1階・けやき並木通り側)

◆JR吉祥寺駅北口・三鷹駅北口徒歩18分
◆JR吉祥寺駅北口バスのりば1・2番より 関東バス約5分-成蹊学園前下車徒歩2分

A-things


距離/遠い場所/隣の存在/或はその逆
これらをモチーフとしたドローイング作品、テキスト、あらゆる要素を構成した展示になります。
なるでしょう。。。
A-thingsは三鷹と吉祥寺の中間に位置する、ケヤキ並木の美しい街にあります。
お近くの方もそうでない方もぜひお越し下さい。

折原ナナナ

20130917



20130409

ドイツのおみやげをもらった。ジャズのレコード


春に慣れてきた。

20130304

すぐ自分で髪切っちゃうから、時間が過ぎる事に鈍感だ、一歩二歩三歩春


20130221

どこでもないところへ


熱々の湯船につま先から温度をたしかめ皮膚がしびれて痛いのをこらえつつ少しずつ浸かっていく感じがする久々の更新は。最近よく、高校生の時に家族で行った松島の花火大会のことが思い出される。本当によく。本当に毎日。桃色と水色と藍色を水に溶かしたようなマーブル模様の夕方の空の色とか、発電機の音とか、何かを焼くにおいとか、その時に耳に鳴っていた(実際には聞いていない)音楽とか。あの時私はその場所を楽しんでいたのかといえば、実際はそうでもない。忘れられない情景があったことは本当だが、楽しかったのかどうかがわからない。行きたい場所へ行く、というのは一人暮らしをするまではあまりできなかった事で、出かけるということはおおよそ「誰か」の行き先で、私は一人でいるようで、一人ではなかったので。つねに、連れられた場所に私はいた。その時もまた連れられて。あれから松島の花火大会、いや松島じたい、訪れていない。もしかしたら二度と行かない場所なのかもしれない。なんとなく、本当になんとなくだがあの場所とは縁がなくなったような気がする。何の、誰のせいでもない。そうやって、いつのまにか何かが終わっている。そうすると、髪ものびるわけで。今日も私はふるさとの事を考える。未練たらしく、という具合。覚悟もなにもできないまま髪だけがのびる。これでいいのかな。そんなわけないので、私は絵を描く。自分を連れて行くように、絵を描くだろう。あの時くらい、髪はのばして、それまで、絵に自分を連れて。

20130106

影の反射

仙台に帰ると言いながら東京に帰るとも言っている。


せんだいメディアテークにて、志賀理江子「螺旋海岸」を観る。

印刷物を観てまわる、そういう言葉ではちょっと足りないのかもしれない。むしろこちらが見られている。写真に見られているような感覚に陥る。老婆に見られている、海に見られている、岩に、木に、それから闇を塗ったような、何も映されていない写真にさえも。陰と謎を携えたそれらが渦となって鑑賞者の眼を殴る。

散り散りになってしまったこと。もとのようではないもの、場所、ひと。震災という整理しきれぬ事象と対峙すること。そういうものの渦。かたまり。抑制(コントロール)できないもの。光、影。わけのわからないこと。

思い出しては殴られ。

http://www.smt.jp/rasenkaigan/

20130105

反射


明日からはまたからっぽの家は飴色の光を受けてあたたかく見えた

20130103

遠くの隣

雪だ




帰ること、戻ること あれからずっと考えている。
どこを「ここ」と言えるのだろう。
どこへ帰るんだろう。
考えるだけではとても。
とてもじゃないけど。

あの山は遠くの隣

20121231

日々をかぞえる事には興味がない

さしあたって1年をまとめる必要もないと思うかたわら、記録として【2012年12月31日】のエントリーがあったほうが決まりがよいと思い長らくぶりに更新。まとめる必要がない、というよりまとまるはずがない。とにかく今まで通りではない一年。驚きと迫力に欠かない一年であった。

年の暮れにだけ感謝するようではいけないが、いま関わっているひと、今年出会ったひとには何か一筋縄ではいかない縁の強さを感じる。なにをとは言わないが感謝します。ありがとう。




陽の光のよく入るこの部屋がようやく好きになってきた。年が明ければこの家に住んでもう5年になる。

私はもう少しだけここにいます。

よいお年を。

20121021

季節メモ。明け方。今年東京では初の白い息を観測。AM8:30、白いカーテン越しの朝日。なんだかまだ高校生のとき雪も寒さも学校も交通状況もバスの運転手も校則も保健室も教室も曇り空もすべてすべてに敵意を抱いていた6年間のセーラー服時代を思い出す朝。光に光を当てると影は濃くなる。今日は日曜日だ。海の向こうのドイツは何時かな。昨日かな。


東京はほんとによく晴れる。

20121018

後ろから光が射してるから目の前の影ばかり見てた

夏の終わりだったか秋の始まりだったか。一度だけ、自分の甲斐性のなさを本気で叱られたことがある。そのことを最近よく思い出す。色んなことに対するだらしなさとか半端さを、何に謝っていいかわからないから絵を描きました。時間切れになって出来上がった絵からは、自分がそれまでやり過ごそうとしてきたものがちゃんと出ていた気がする。そんなの観ただけじゃ誰にもわかりはしないさなんて思う気持ち半分、自分だけにはわかることが余計に見えてきたりして。


あれからひとつでも変わったことがあるんだろうか


そんなの誰にもわかりはしないさ、自分だけがわかる


振り返ればまぶしい

20121016

栃木へ

ゴミはゴミ箱に捨てるというほどの人間らしさすら失いかけていたここ最近でしたが、再会含むめくるめく出会いによってのらりくらりと復活してきている午前4時の私です。さて先日車で栃木県へ行って来ました。(正確には車で連れて行ってもらった)東京から往復約5時間。栃木県。いつも高速バスで帰省する際に休憩所として寄るくらいしか栃木県に関わったことがなく。サービス・エリアでレモン牛乳を買ってみて、予想を上回らない味がしたとか。そのくらいで。(レモン牛乳の関係者のかたが読んでいらしたらごめんなさい)いざ降り立ってみると、そこは山!の!国!でした。山ですから、もう、寒いのなんの、10月半ばといえ夕方にはからだの芯から冷えきるほどの寒さ!!!!(東北出身だから寒さは慣れっことかあんま言わないようにしようと思いました。反省。ヘタしたら東北より寒いかもしれない)

今回の目的は友人の参加するアートプロジェクトを観てまわるため。

WATARASE Art project
http://www.watarase-art-project.com/2012/top.html

足尾銅山の元鉱夫の社宅(長屋)や町のあらゆる場所を会場に作品展示を展開するというもの。

渓谷を走る鐵(鉄)道沿線の町にはさまざまな歴史があると聞きます。
少し調べただけでも銅山の開発をめぐる栄光と悲劇にまつわることはいくらでも出てくる。明治時代初期から2000年代におよぶ【足尾鉱毒事件】と呼ばれる歴史がそれだ。私は足尾銅山観光所の入り口に立って、視界を取り囲む低くて大きな山々、それらが見せる険しい岩肌に人知れず「画になるのう」「あそこだけ見たらサント・ヴィクトワール山のようだのう」とかアホっぽく色めきだってしまっていたのだけど、それはまったく無知がゆえのリアクションだったのだと思う。知れば知るほどに、どうもどこかで聞いたことのあるような話ばかりで、知りながらで書きながらでせわしない。

町を歩く。
「アートで町を再建!」「おいでよここへ」みたいな胸の張り過ぎの感じではなく、むしろ、旧い町の旧い建物の、色んな歴史のドアをノックするような、「生きるもの」と「生きていた」ものが介している、というような。そういう印象を受けた。

作品を読みとるという段階に入るより先に、

長屋を会場にした展示スペースでは体験として印象的だったことがありました。

これが文章で伝わるものなのかどうかは置いておいて、長屋のガラス戸の音。格子に嵌められた薄いガラスが風で震える音というのが強烈に懐かしかった。会場になる長屋には家具のたぐいはほとんど設置されていないので風通しが異常に良いということはあるが、どんなに強く荒々しい風が吹いても現代の気密性の高い住宅ではあまり、というか絶対聴けない音だと思った。身構えする音、冬の夜の音だった。ここでは展示作品そのもの(たとえばキャンバス一枚にせよ)が独立して存在するというより、こうしたあらかじめ決められない、選べない、光や風、湿度、空間そのものがある。数々の選択の結晶であろう、作品とともに。写真。絵、木片、紙。かつては人の衣食住、生活のすべてがあった場所へ。光、虫、埃。塵。雨漏り、風。私たちの目を盗んでそれらはやってくる。そして我々もやってきた。

ある会場では自分が生まれた年のカレンダーが貼ってあったままになっているのを見つけた。指差して、◯曜日だねなんて話したりした。

止まりながら動いている。そんなことを思いながら渡良瀬のことを今、思い出しています。














20120921

ライトニングハチオウジフィールド


本格的に夏のおわり。音の無い花火をみた。これはある日のいなびかり


天気に遊ばれたような日であった。

20120912

1989-2012

誰かも言っていたけど、正月に年末の話をしたのが昨日のようだ。
まったくだ。もっと引き延ばしてみればわたしは仙台で浪人生だったはずで、19歳という大人でも子どもでもない中途半端、だけど、ちょっとした自由を手に入れた大人の気分で毎日笑って暮らしていた。と、いうのも昨日のことのようだ。大人でも子どもでもなく、女性でも少女でもない。根っこでは全然大人ではないけど少しだけ世界が広く見えてくる、そんなふうに大人になったような気になっているとき、最高に楽しかったのだ。と、振り返るまさにこの今、も昨日のことのようだ。と思う日はそう遠くないはず。すぐ今日は昨日になる。わびしけり。そんな調子で今年の夏も終わってしまった。というか終わらせた。誕生日を迎えることがだいたい夏の節目という事にしている。23歳を迎えた。たった23年しか経ってないんだね、と私のなかの誰かがうそぶく。23歳を迎えたちょうど一週間後、震災から1年半が経った。この一年半は、自分の生きた23年間よりも長く感じた。いや、この23年間とは違う世界の時間が過ぎ去ったような、そんなところか。それを遠くで見つめていたような感じか。とにかくこの一年半の長さを、からだがまだ測りきれていない。見知らぬ時間だった。時の経過だけでは測ることのできない長い長い長いあいだ。色んなことが続く。今も続いている。

20120719

本を食べる

ところで、とんかつにはありつけていない。帰りしな寄った書店で美術手帖(定価¥1.600)を買ってしまったため、手持ちがパアになってしまったからだった。ああん。とんかつ食べたあい。食べたい物を食べることも大事なんだけど、本屋で良さそうな本を見つけると「この一冊で人生変わるかもしれない・・・」と毎度夢見てしまい、ハッ!また買ってしまった!と会計を済ませるまで、レジに向かうまでの数十秒は気を失っているのか気づいたら喜び勇んで家路についている。そうして我が家の積本はしだいにテリトリーを拡げ、本棚も本もこれ以上置く場所がないくらいのありさま。(人生を変えるために手に取ったものの本当に読み切った本は全体の1/3にも満たない気がする)小説も画集もノンフィクションも文庫も思想書も辞典もダイエットのHOW TO本も、それぞれに愛着がある。そういう本で本棚が満たされているのはなんだかちょっと心のよりどころになる。そもそも意地が悪いというか、よくいる。ホテルなどのビュッフェで大量に料理盛ってくるやつ。なんかもう目に入ったらぜんぶ取り分けてくるやつ。いるよね。それは私の事だ。そしてつい残す!欲深く罪深い人間であるのだが、、、なんの話だっけ、、選べるものが、たくさんあるのが好きだー!みたいなことを言いたかったようなそうじゃないような。いや、食事と本、ことなる欲求。音楽もそうだな、映画も。なにかこう、自分のなかでは観たり読んだりという行為と経験は代価とひきかえに「食べる」と似た意識がはたらく。心理学を学ぶ友人に聞いた話では「ふと味を思い出して無性に食べたくなるもの」はそのとき「からだに足りていないもの」であることが多いらしい。だから、食べたいものを食べたいときに食べるのは大事なのだという。読書や鑑賞は生きるために直結することではないけれど、それとおなじようなことが言えるのではないかと思う。そのときピンときたことが、そのときの自分にとって足りていないものであったりするのではないか。頭のなかで指をはじく音がする。ほら、人生が変わるかもしれない。そんなことを言い訳に、読まないかもしれない本を買い続けてしまうのだ。とんかつ食べたい。